“帰ってこい、人・水・生きもの”
1980年の大雨が発生する以前の頃の伊豆沼・内沼を目指します。
水環境が改善され、沈水植物や浮葉植物などの豊かな水生植物群落が広がり、それらを生息環境とするエビ類などを回復させる伊豆沼・内沼。
多種の渡り鳥(ガンカモ類)をはじめとし、ゼニタナゴや昆虫類など、多様な生物が生息する伊豆沼・内沼。

周辺の農村環境や地域の人々の生活と共存し、湿地環境、湿原景観が継承されていく伊豆沼・内沼。




@水質悪化〜茶色に染まった伊豆沼・内沼〜

 昔の沼の水は「沼の底まで見えた」と言われるぐらい澄んできれいでした。ジュンサイ・エビ・ウナギや小魚などもたくさん捕れ、沈水植物の群落が広がっていました。
 右の写真は現在の濁った沼の水で、1年を通して透明度は低い状況が続きます。また、最近10年間を通して、伊豆沼の水質は国内の湖沼の水質ランキングのワースト1位から3位に入ることがしばしばありました。
 きれいな水を蓄えて生き物豊かだった伊豆沼・内沼が、今は茶色に染まってしまった理由は何でしょうか。
 まず、周辺の住宅や農地からの排水の流入が増えました。夏、大量に咲いたハスも冬には枯れて水底に堆積します。マガンなどの野鳥の大量の糞は、沼内の栄養塩類を増加させます。栄養塩類は植物プランクトンの生産量を高め、透明度の低下や光環境を悪化させ、沈水植物の生育を阻害します。沈水植物が育たなくなると、波浪による底泥の巻き上げが増え、さらに透明度を低下させるという悪循環が続いています。




Aハスの増加による影響〜ハスに覆われた伊豆沼・内沼〜

 伊豆沼ではハス祭りが毎年開催されるほど美しい姿を見せてくれますが、沼の生態系にはいいことばかりではありません。右の写真は伊豆沼の航空写真ですが、水面の大半がハスで覆われてるのがよくわかります。
 かつての伊豆沼の水はきれいで、クロモなどの水草は水中に届く光を浴びて盛んに光合成していました。しかし、ハスが水面を覆い光の届かなくなった沼の中では多くの水草が枯れてしまいました。例えば、クロモ、オオトリゲモ、ホソバミズヒキモなどが挙げられ、現在では伊豆沼・内沼のわずかな場所で見られるのみとなってしまいました。
 また、夏の伊豆沼は満開のハスの花で彩られますが、冬には枯れて底に堆積し、枯れたハスの分解により栄養塩が増加することで水質悪化の要因にもなっています。




B浅底化〜埋まりつつある伊豆沼・内沼〜

 「沼が埋まる」と言われてもピンと来ないかもしれませんが、一般的に天然の湖沼は、長い年月をかけて浅底化(せんていか)・陸地化するといわれています。過去1,100年における伊豆沼・内沼の土砂堆積速度は、微々たるもので、沼の寿命(土砂の堆積による陸地化するまでの期間)はまだ約1,600年あるとされていました。
 しかし、現代(1985年から2007年)の堆積速度は、伊豆沼で以前の約8倍、内沼で約3倍に増加しており、沼の寿命は約180年〜460年と短くなっている可能性が指摘されています。これは水生植物の枯死体の増加が原因だと考えられます。水深が浅くなることで、底質が巻き上がりやすくなったり、沼の生態系への影響が懸念されています。


Cオオクチバスの増加による影響〜バスが猛威をふるった伊豆沼・内沼〜

 国内の生態系に悪影響を及ぼすとして社会問題にもなったことで有名なオオクチバスも、伊豆沼・内沼で猛威を振るっています。オオクチバスは北アメリカ原産で、肉食性の強い魚です。日本の各地の湖沼に人為的に放流され、もともと生息していた在来生物を捕食し生態系に悪影響を及ぼしています。
 伊豆沼・内沼では昔からフナやエビの漁が盛んでした。右のグラフを見ると1990から1995年までコイやフナ類が多く漁獲されていました。しかし、1996年を境にオオクチバスが増加しました。時を同じくして沼における漁獲量は小型魚を中心にそれまでの3分の1に減少しました。また、沼に飛来する魚食性の水鳥であるカイツブリやミコアイサは、バスによってエサである小型魚やエビが食べられてしまった影響で減少しました。
 このようにオオクチバスが増えたことで、漁業を営む人々の生活や沼の生態系に対して
深刻な被害を及ぼしました。




D湖岸植生の変遷〜ヨシ・マコモが減っている伊豆沼・内沼〜

 伊豆沼・内沼の岸辺植生も人々の生活と密接に関連していました。1980年代まで伊豆沼・内沼の岸辺は稲作や屋根葺きカヤ場として利用され、草木の維持管理がされてきました。ヨシやマコモ等を刈り取って生業にすることで、栄養塩類が沼外に持ち出され、水質浄化に寄与していました。
 1980年(昭和55年)の洪水は、伊豆沼・内沼の岸辺の姿を大きく変えてしまいました。右上の写真は洪水前の伊豆沼の岸辺です。陸側(右側)にヨシ群落(緑)、沼側(左側)にマコモ群落が広がっていることがわかります。しかし、1980年の洪水以降、右下の写真をみると、沼側にあったマコモ群落は消失してしまったことがわかります。現在まで岸辺のマコモ群落は回復していません。
 さらに、80年代以降岸辺に人の手が入らなくなり、ヤナギやクズが目立ってきています。近年は水位が高い状態で管理されるようになり、ヨシ群落は湖岸側からも減少してきています。


施策1 生物多様性の保全と再生
@埋土種子からの植生復元
Aハスの管理技術の開発
B沈水植物の育成・増殖
Cオオクチバスの防除活動
Dマコモ植栽
施策2 健全な水環境の回復
施策3 賢明な利用と環境学習の推進
E普及啓発活動、調査・研究活動

 自然再生事業では、沈水植物の一種であるクロモに焦点を当てています。その理由は、かつて豊富に見られたクロモなどの沈水植物が沼の水質を良好に保っており、エビや小魚のすみかを提供していたからです。そこで、財団では以下のような施策を展開しています。

@埋土種子からの植生復元
 実は伊豆沼・内沼の泥の中には、たくさんの水生植物の種が眠っています。水環境が悪い時など、水生植物の種は発芽せずに泥の中で眠り、適した環境になるまで耐えているのです。このように泥の中で眠っている種を埋土種子(まいどしゅし)といいます。水環境が悪化した伊豆沼・内沼では特に、埋土種子が環境の改善を待って眠っているのでしょう。このような種に、光や温度などの刺激を与えると休眠状態から目覚め、発芽することがあります。
 伊豆沼・内沼で複数の地点から採取した泥を使って発芽試験をしたところ、驚いたことに20年前に姿を消してしまったジュンサイが確認されました(右上写真)。沼ではジュンサイの他にも数多くの水生植物がここ数十年の間に姿を消してしまっていますが、同じ方法で埋土種子から復活できるのではないかと私たちは期待しています。しかし、こうして貴重な植物を水槽でいくら復活させても、これらの植物を伊豆沼・内沼で復元させていくには悪化した水環境を改善しなければ不可能です。その作戦を次のAとBの方法で進めていきます。



Aハスの管理技術の開発

 伊豆沼・内沼のハスは1980年、1998年の夏に起こった洪水によって水位が上昇し、壊滅的な被害を受けました。しかし、現在では夏の最盛期の頃にはハスが沼の75%を覆うほどに拡大しています。ハスは大きな葉を水面に広げるため、水中の光環境を悪化させます。そのため、アサザやクロモなどの他の水生植物が姿を消しています。
 こうしたハスの増加による問題を解決し、沈水植物を復元するための作戦として、船上からハスの刈り取り作業を行い、水中まで光が届く区画をつくります。今度は人の手で刈り取った大量のハスをどうすればよいのかが問題となってきます。根はレンコンとして栽培されることもありますが、伊豆沼・内沼で自生するハスは野生種なので残念ながら食用には向きません(ただ、ハクチョウにとってはいい餌になっているようです)。そこで、刈り取ったハスは肥料として、茎や花托(かたくと読む、花びらが散ったあとに見られる実が収まっている部分)はクラフト、工芸品としても使えます。みなさんも刈り取ったハスをこんなことに利用できるというアイディアを考えてみてください。
 ハスの管理技術の開発により、沈水植物の生育スペースを確保し、次に紹介する作戦Bによって沈水植物回復を図ります。






B沈水植物(クロモ)の育成・増殖

 クロモをはじめとした沈水植物群落は、1980年の洪水以前には伊豆沼・内沼全域に分布していましたが、現在では伊豆沼の南東岸と北岸にわずかに残るのみとなりました。
 沈水植物は伊豆沼・内沼の生態系を復元する上で重要な存在であるといえます。沈水植物はエビ類や貝類等の小動物のすみかとなり、これらを餌とする魚類や鳥類も増加し、生物多様性の保全と再生に効果があると考えられます。沈水植物は水中の栄養塩類を吸収するので、植物プランクトンの増殖を抑制し、透明度の改善が期待できます。さらに、植物体は波の影響を緩和し、根は泥を固定するので底泥の巻き上げを抑制することができます。
 伊豆沼・内沼ではクロモを食べるアメリカザリガニや光をさえぎるハス、濁った水など、クロモを復元するために取り組まなくてはならない課題は山積みです。
 作戦Bでは1980年まで普通に生息していたクロモを対象として復元活動に取り組みます。沼の中でクロモの埋土種子を見つけ、実験的に水槽や沼に植えて群落の再生を図っていきます。






 Cオオクチバスの防除活動

 伊豆沼・内沼ではゼニタナゴやタナゴ等の小型の魚、イシガイ等の二枚貝が数多く生息していました。
しかし、1996年以降にオオクチバスが急増し、タナゴ類をはじめとした沼の魚は食害を受け激減しました。また、間接的に二枚貝も大きく減少しています。
 1999年以降、ボランティアの皆さんと「バス・バスターズ」を結成し、オオクチバスの駆除活動が毎年行われ、一定の成果をあげています。
 伊豆沼・内沼の魚貝類復元のためには、オオクチバスの駆除を優先的に行う必要があります。そこで、財団では毎年オオクチバスの産卵期である4月から6月にかけて電気ショッカーボートや人工産卵床、稚魚すくい等による駆除活動を重点的に行っています。

詳しくはバス・バスターズのページをご覧ください。




Dマコモの植栽

 マコモという植物を知っていますか?野生のイネとも呼ばれる水生植物で、秋には茎が肥大化しマコモタケとよばれ食べることもできます。かつて伊豆沼・内沼の沿岸にはマコモ群落が広がっていましたが、1980年の洪水によりマコモ群落は大幅に減少してしまいました。
 マコモは水鳥類の営巣場所や採食場所、魚類の産卵場所になります。また、沼内の栄養塩類を吸収することで水質浄化にも寄与しています。このため、2000年以降伊豆沼各地でマコモの植栽を実施してきました。また、地元の小・中学生が総合学習の一環としてマコモ植栽を体験しています。
 このような取り組みにも関わらず、マコモ群落の再生に至らない理由のひとつにオオハクチョウ」がマコモの地下茎を冬期に食べつくしてしまうことが挙げられます。そこで、マコモの地下茎をヤナギの枝で束ねた「漁礁マコモ」を活用したマコモの植栽実験を2008年から行っています。これにより、マコモ漁礁の中の地下茎はオオハクチョウに食べられずに群落を再生できると考えられます。現在、この効果についてモニタリング調査を継続しています。 




E普及啓発活動、調査・研究活動

 伊豆沼・内沼を取り巻く環境が昔と比べて変わってしまったことはこれまで説明してきました。作戦Eの大きな目標は、ラムサール条約にも登録されている伊豆沼・内沼の現状や財団の取り組みについてより多くの人たちに関心をもっていただくことにあります。
 これまで伊豆沼・内沼の岸辺は地域住民によるヨシ刈り等により維持管理されてきました。現在では伊豆沼・内沼と地域住民との関わりが以前より薄くなっています。作戦Dの地域の小中学生とともにマコモを植栽することは、以前のような伊豆沼・内沼の人と自然との関係を取り戻し、世代を超えて沼の自然を守り伝えていってほしいという意味も持っています。
 他にも財団では自然体験講座やクリーンキャンペーンを通じてより多くの人に伊豆沼・内沼の豊かな自然を知ってもらえるように取り組んでいます。また、伊豆沼・内沼周辺の鳥類モニタリングや魚類相調査を定期的に実施しています。大学や他の研究機関と連携し、共同研究を実施しています。これらの調査・研究によって得られた情報を伊豆沼・内沼の自然再生の作戦に役立てるとともに、「伊豆沼・内沼研究報告」として学術的な論文を発行しています。
 このホームページを読んで伊豆沼・内沼に関心を持っていただけたなら、ぜひサンクチュアリセンターに足を運んで、いろいろ調べてみてください。お待ちしています。


伊豆沼・内沼自然体験講座


伊豆沼・内沼クリーンキャンペーン


伊豆沼・内沼研究集会

  宮城県HPに自然再生事業についての詳細が公表されています。詳しくはこちら をご覧ください。